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母の旅立ちから一年・・・。
先日、母の一周忌法要を営みましたが、命日は2014年2月20日。
ちょうどあの日から一年が経ちました。

葬儀

母

仕事も無期限のお休みをいただき、最期の日まで毎日母に付き添うことが出来ました。
会社には本当に感謝しています。
会社の同僚からの応援グッズ

そして、どこまで長引くかわからないのに、
快く送り出し、留守を守ってくれた家族にも心から感謝しています。

母の介護はちょうど2か月。
毎日、毎日1時間半ほどの病院までの道を、電車とバスを乗り継いで通いました。
病院支度

ずっと調子が良かったのですが、病院食がまずいと文句を言うので
一口サイズのおにぎりを持参しては「硬いわ!」とまた文句を言う、
わがまま放題の母でした。
私は時運のおにぎりに持参し、あとは母が残した病院食を食べ、
結構ヘルシーな毎日でした(^^;

 
介護とはいえあんなにべったり一緒にいたのは、
物ごごろついてからは初めてだったと思います。
病院の窓から・その2

どんな話をしたかも覚えてませんが、とりとめのない話をしたんだと思います。
出来るだけ、母の心が滅入らないように明るく接し、
私自身も笑顔で付き添いました。
病院の窓から

介護を始めて中ごろになると、トイレに行くときに車いすを使うようになりました。
車いすを押すのは舅のときに少し使って以来です。
すっかり上手になりました。
トイレは他界前日夜までなんとか自分でできたので、それは娘孝行だったと思います。
酸素吸入器を付け始め、当初はトイレのたびに看護婦さんを呼んで
ボンベに付け替えて、介助していただいてましたが、
教えていただいて自分でも出来るようになりました。

雪の日には病院に行くまでに6時間ほどかかり、母に心配をかけてしまった。
病院に私がつくなり「かわいそうに」って母が泣き出して…。
こんなに心配をかけたのは、最初で最後かもしれない。
前日、母から「はよ来てな」と言われてたのに、病院にたどり着けないもどかしさ…。
最後にこんなに心配かけて、仕方がなかったとはいえ、
申し訳ない気持ちでいっぱい…。

亡くなる数日前に自分の友達を病院に呼んで、楽しいひと時を過ごしました。
その日はとてもうれしそうで、元気が出て病気を治そうと前向きになっていました。
でも、すぐに病状は悪化。
どんどん悪くなる一方で、主治医からは内臓がほとんど機能していない状態だと
言われた時のショック。
覚悟はできていましたが、やはり辛いものですね。

でも、息子たちを呼び寄せ、顔を見せることも出来たし、
母の兄妹や父の兄夫婦にも会うことができ、みんなにお別れができて
それだけはよかったと思っています。

ベッドで息が荒い状態の母を見て
「もういいよ。頑張らんでいいよ。」と言ってあげると
兄は「そんな!」と言いましたが「引き止めたらアカン!!」と戒めました。
母に今までのお礼を言うと、しばらくして息を引き取りました。
苦しいのに、私たちの「頑張ってほしい。もっと生きていてほしい。」という気持ちに
一生懸命に応えようとしてくれていたんだと思います。
ありがとうね。
最期まで私たちのことを思ってくれてたんやね。

生前、「あんたのことは何も心配してない」と言われ、ずいぶんショックを受けていた私。
私は昔から自立している子だったそうです。
体も丈夫で病気なんかしたこともなかったし。
だから気にもかけずに子供の時から放ったらかしで、
今まで過ごしてきました。
もっと私のことを気に留めてほしいと、訴えましたけどね。
心配かけないのが一番の親孝行だとは思いますが、娘としてはちょっと寂しいもんです。
きっと、今も何も心配してないでしょうが、これからも元気で平穏無事でいられるよう
見守っていてほしいと思います。

離れて暮らしてもう20年以上たち、目の前にいないのが当たり前になっていたのに
実際にこの世にいないということは、こんなにも違うものなんですね。
心に大きな穴が開いたままです。
いなくなってからの方が母のことを毎日のように思うようになりました。
母の遺品である指輪や時計、下着に洋服を、日々身に着けているせいかな?
形見の指輪
 
| 家族 | 20:47 | comments(0) | - |
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