CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
RECOMMEND
りーたんといつも一緒に 難病「脊髄小脳変性症/アプラタキシン欠損症」と闘う少女と彼女に寄り添う犬たちの物語
りーたんといつも一緒に 難病「脊髄小脳変性症/アプラタキシン欠損症」と闘う少女と彼女に寄り添う犬たちの物語 (JUGEMレビュー »)
大塚 良重
「いのち」を真剣に考える一冊です。また、寄り添う物言わぬ犬たちも、心の支えになるだけでなく、成長するための力になり得る素晴らしい存在だと、きっと再認識できるはず。
RECOMMEND
生きがいの創造―“生まれ変わりの科学”が人生を変える (PHP文庫)
生きがいの創造―“生まれ変わりの科学”が人生を変える (PHP文庫) (JUGEMレビュー »)
飯田 史彦
愛した人が生まれ変わっても、いつでも側にいてくれる‥そんなことを教えてくれる一冊です。
<< 親孝行しに帰ります。 | main | はじめまして、GOです! >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
母の旅立ち
2月20日、実家の母が旅立ちました。
71歳でした。
長くなりますが、記録として闘病の様子をつづりたいと思います。

昨年のクリスマスに検査入院をする予定が、
思った以上に状態が悪く、入院が長引き、
年末年始を病院で過ごしました。
手術では切れないこと、あまり抗がん剤が効かないこと、
腫瘍が大きくなっているせいで胸に水がたまっていること、
それらを総合するとどう考えても
「治らない」という答えが導かれてしまいます。
でも一縷の望みを託し、「効かないかもしれない抗がん剤」を服用していました。
効かないかもしれないけれど、低い確率ながらも「効くかもしれない」のだから。
抗がん剤は食欲と体力を奪うようです。
もしかしたら味覚も変わっていたのかもしれません。
同居していた兄が一生懸命に食べるようにとお願いしても、
入っていかないようでした。

それでも、1月には抗がん剤を服用しながら通院で診察しましょう、
ということになり、この衰えた母に通院が可能なのか少し疑問でしたが
兄が仕事のやりくりをして連れて行ってくれることになりました。
それでも、胸にたまった水のせいで、咳が止まらない。
夜中も咳き込んで眠れない日が続きました。
兄が2〜3時間おきに咳込む母の背中をさすり続けてくれたそうです。
そんな日が続き、兄も母も限界に。
とうとう私が呼ばれました。
終わりの見えない里帰りです。
会社に退職を覚悟で話したところ、快く介護休暇を取らせてくれ
家族も不便な生活を強いることになりますが、
快く送り出してくれました。

外来の診察日。
母があまりの辛さを訴え、再入院が決まりました。
私は毎日病院へ通うことになります。
病室から

当初は抗がん剤の影響で、声の出が悪くはあったものの
おしゃべりも達者でいつもと変わらず「なんだ、結構元気じゃないの」と思えるほどでした。
後ろ向きになりがちな母の免疫力を上げるために、
私は元気良く母に接し、笑いを誘うことに勤めました。
看病の友。「なんや、また犬か」と母に言われました・・・。

高い免疫力アップ効果があると言われているカテキンたっぷりの熱々の緑茶を
毎日水筒に入れて持参したり、食べたいもの、食べそうなもの、
着替えに新聞にお薬を飲む際の水と、電車とバスで通うのに、
いつも大荷物でしたが母の元気な顔を見たいので頑張れました。
母が作ったパッチワークのバッグを持って。

忘れもしないバレンタインデーの2月14日は珍しく大阪に大雪が降り、
交通機関が麻痺しました。
前日、私たちが病院を後にするときに「明日、はよ来てな」と言われていたんです。
そんなことを言ったのは初めて。
よほど不安で、身体もきつかったに違いありません。
兄と二人でとてつもなく不安になり、後ろ髪を引かれながら帰ったのに・・・。
その日はいつもよりうんと早く家を出て、病院の最寄り駅までは若干遅れながらも
電車でなんとか無事にたどり着けました。
問題はそこから。

長蛇の列のバスの列に並び、1時間ほどしてやっと次のバスに乗れそう!と思ったら
突然の運休の知らせ。
えーーーー!!!!!!
急いでタクシー乗り場に並びなおしましたが、待てど暮らせど一向にタクシーが来ません。
結局、4時間待ってやっと乗ることが出来、病院に着くことが出来ました。
5時間並び、移動時間が1時間。
通常なら1時間ちょっとの道のりですが、計6時間もかかってしまいました。
前日の心細そうな母の言葉が頭から離れず、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
病室に入るや否や、母は号泣。
私の不安な気持ちを察して心配してくれていたのでした。
いつも私のことは「何にも心配していない」と言っていた母が、
私を思ってこんなに泣いてくれている・・・。
最後の最後に心配をかけてしまいました。

胸の水を抜かなければ、抗がん剤を投与できないということで
溜まったら抜くの繰り返し。
結局、抗がん剤は全く効いていなかったので、服用を止めたのでした・・・。
強い咳止めを服用すると薬疹が出て、結局これも止める羽目に。
それでも意識は最後まであり、亡くなる5日前の土曜日には友人に自分で電話をし
お見舞いに来てもらい、絶好調にしゃべりまくってました。
友人の力は絶大で、今まで後ろ向き発言しかしなかった母が
「がんばらなあかんな」と言ってくれました。

それから胸が苦しく、眠れなくなってきました。
友人とのおしゃべりを楽しんだ2日後のことです。
だんだん胸の苦しみと、痛みが強くなり、遂に強い痛み止めを入れることに。
きっとモルヒネなんだと思います。
この日から3日3晩、私は病院に泊り込むことになりました。
薬のおかげで痛みと苦しみは和らぎ、
母はずいぶん楽になったようでした。
それからは寝不足を解消するかのように、ずっと眠りっぱなし。
あの痛み止めは神経を麻痺させるものなんだと思いますが、
いろんな感覚を鈍くしてしまうようです。
ろくに食べませんが、食事とトイレとお薬以外はずっと眠っている状態に。
そして、主治医から終わりが近い説明を受けました。

にぃにぃは休みを利用して会いに来て、一旦帰りましたがすぐにまたとんぼ返り。
母も大喜びでした。
タクも春休みに来る約束をしていたので、一人で新幹線で会いに来てくれました。
初めての新幹線一人旅です。
いろんなハプニングがありましたが、やっとたどり着き、これまた母は大喜び。
子どもたち二人には同じ言葉をかけていました。
「がんばって」
力を振り絞って言ってくれた言葉です。
しっかり心に刻んでください。
母の姉妹や弟、父の兄夫婦も駆けつけ、私も兄も子どもたちも、
みんなに見送られて旅立ちました。

年齢的にはまだ早すぎるのですが、スイミングに通い、
3年かかってやっと泳げるようになったり、
パッチワークや水彩画もはじめ、友だちもいっぱいいました。
なので、時間的には短かったかもしれませんが、
とても充実した晩年だったのではないでしょうか。
最後まで意識があり、トイレも車椅子ではありましたが自分ででき、
ある意味、うらやましい最後でした。

一時退院して兄にしっかり看病させたのが2週間。
私が病院に通い続けたのも2週間。
ちゃんと二人に少しの間ですが、親孝行の機会を与えてくれました。

両親を亡くすということ。
とても言葉では言い表せません。
普段は親である私ですが、やはり母の前では子どもです。
家族や兄には申し訳ないのですが、まるで天涯孤独になったような気持ちです。
心細く、不安で、とてつもなく寂しくて・・・。
一緒に暮らした時間が長い兄は、私よりももっとそうかもしれません。
でも、いつもどおり元気で頑張って生きていくことで
母も喜んでくれるに違いありません。
だから頑張らなくっちゃ!!


 
| 家族 | 15:48 | comments(7) | - |
スポンサーサイト
| - | 15:48 | - | - |
コメント
お母様の旅立ち、お悔やみ申し上げます。

ご兄妹でよく頑張られましたね。

私も妹と二人で母を看取った時を思い出しました。

お母様はきっと喜んでおられますよ。

                   合掌
| ナナ親父 | 2014/03/10 6:35 PM |
お母様の事〜なんと??お悔みの言葉・・・・・が
見つかりません。ただただ〜悲しいですね、
まだ〜お若いから〜なおさらの事に

私もいつ〜爆弾んが破裂するかわからぬ〜母の事、
兄貴に面倒を見てもらってます。

段々〜耳が遠くなり〜電話での会話が難しく〜会話がかみ合わないんです^^;

それでも〜頑張ってね!と少し強い口調で言うと!
分かった〜〜〜と返事が返ってきます。
何時??携帯が鳴るか・・・・・?とヒヤヒヤの毎日です。

短い時間でしたけど〜お母様の看病〜出来た事〜良かったですね、
中々近所に居ないと〜出来ない事も多々ありますので〜
ご主人、お姑さんに〜感謝ですね

お母様のご冥福を心よりお祈りいたします。

TERRAママが元気に長生きすることが〜お母様の願いだから〜
頑張って〜はつらつと〜少しずつ〜元気を取り戻してね、
| ABIママ | 2014/03/10 7:10 PM |
■ナナ親父さん♪

ご無沙汰しております。
温かいコメントをありがとうございます。
いつかは・・と思っていても、やはりその時はやってくるんですね。
覚悟は出来ていたとはいえ、やはり寂しいです。
母は子どもたちによくしてもらって、
幸せだといってくれました。
何よりのプレゼントの言葉でした。

■ABIママさん♪

ありがとうございます。
母は心身ともに辛い状態から解放されたので、
今は安らかなのでしょうね。
悲しいと言うより、寂しいと言うほうが正しいような気がします。

ABIママさんも心配ですね。
優しくしてあげてくださいね。
私も電話が鳴るたびにドキッとしてました。
遠くで暮らしているにもかかわらず、
父も母も看取れたことをとても嬉しく思っています。
待っていてくれるんですね。
本当に姑や主人、タクには感謝しています。
しばらくは頭が上がらないな〜(^^;
(しばらく???)

私は元気ですよ。
頑張りますね!
ありがとうございます。
| TERRAママ | 2014/03/10 8:04 PM |
ご無沙汰しております。

お母様のこと、心からご冥福をお祈りいたします。
そして、TERRAちゃんのこと、なんと言葉をおかけすればよいのかわからないまま、長い時が過ぎてしまいました。


別れはやってくるんですね。
当方も、姑を昨年2月(先月一周忌を済ませました)、実家の父を昨年7月に見送りました。

この世にいなくなっても、心の中に生きているし、形を変えて近くにいてくれる、と感じることがあります。

残った自分たちが、元気に生きていきましょうね。
先に逝った方々は、私たちを見守ってくださっていますよ。
もちろん、TERRAちゃんも!!

季節の変わり目ですし、あわただしさが落ち着いたころに疲れが出たりします。
お身体ご自愛くださいね。
| 田奈手留 | 2014/03/17 1:28 AM |
■田奈手留さん♪  

ご無沙汰しております。
田奈手留さんも、いくつもの悲しみを乗り越えていらっしゃるんですね。
母もTERRAも、いつかは・・・とは思っていても、
やはり寂しいものですね。

母の看病を最後はたくさんできたし、
TERRAちんも楽しい思い出をいっぱい紡ぐことができ
男らしく旅立ったので、
どちらも思い残すことはありません。
それでも寂しさは否めず…。
元気で頑張るしかありませんね。

ありがとうございます。
| TERRAママ | 2014/03/17 8:40 AM |
もしも最後にお世話をすることなくお母様が旅立ったら、TERRAママさんにもきっと後悔が残ったでしょうね。
そう考えるとお兄さんが頑張った2週間、TERRAママが頑張った2週間は、それぞれお母さんからのプレゼントだったかも知れませんね。

ここまで育ててきてもらったことに比べると2週間ってとても短いけど、お母さんの立場からしたら、長引くことは心苦しいでしょうから。お母さんの気持ちを受け止めて、最善だったと思うべきだと思います。

にぃにぃにも、タクちゃんにも、いつかおばあちゃんの「がんばって」に支えられる日が来ます。おばあちゃんのがんばっては、お金では買えない最強のエールです。
お母さんに「ありがとう」ですね。お母さんの愛はそうやって遺伝していくのですね。

改めてご冥福をお祈りします。
| おしゃまま | 2014/03/21 11:19 PM |
■おしゃままさん♪

おっしゃる通りだと思います。
私に看病をさせてくれる時間をくれれたこと、
これも子どもに対する愛情だったのかもしれませんね。
いつも口癖のように
「あんたは遠くにいて、ちっとも役に立たん」と
言われ続けてきましたからね。
最後には
「優しい子どもを持って幸せ」と言ってもらえたんですよ。
最後のご褒美の言葉でした。

にぃにぃもタクも人の死に際に立ち会ったのは初めてです。
とても印象深いものと思います。
それだけにもらった「がんばって」の言葉は
心に深く刻まれることと思います。
そうであってほしいです(^^;

ありがとうございます。
| TERRAママ | 2014/03/22 2:02 PM |
コメントする